『夕やけ雲』

木下恵介監督作品の中では、あまり言及されることのない1956年の作品。
東京の裏通りで、小さな魚屋をやっている田中晋二と母親望月優子の話。
田中は、夕方の雲のような、遠くにある何かを望遠鏡で見るのが好きで、魚屋は大嫌いで、船員になって外国に行くのを夢見る少年だった。
だが、そうした高い理想と幸福を求めていた少年が、なぜ地味な魚屋で満足するようになったのかという物語。

父の東野英治郎は、妻の望月と東京の裏通りで魚屋をやっている。
元は、表通りに店を持っていたが、戦時中の強制疎開で店は取り壊され、裏通りに引越し、店は閑散としてしまう。
一人娘の久我美子は、まれに見る美人だが、貧乏生活から脱け出すことしか考えていないエゴイストで、金持ちの息子田村高広と付き合っていたが、親が没落すると、田村をすぐに捨ててしまう。
そして、50代の男と結婚するが、なんと会社の課長のところの娘にしての結婚で、式には東野も望月も呼ばれない。
この辺の貧乏人と金持ち家族との対比は、今では想像できないほどで、少々やりすぎに見える。
東野は、心臓病で死んでしまい、田中晋二の妹の一人は、大阪の東野の兄・日守新一のところに貰われていく。
田中は、嫌だった魚屋を継ぎ、日守の援助も受けて店も立派になる。

ここでも木下恵介は、『日本の悲劇』のように「親と子は、決して和解できず、また親は子に裏切られるのだ」とのテーマを繰り返している。
ただ、その声は、あまり大きくなく、結局は現実との妥協を選ばせる。
なぜか、それはこの映画の脚本が、木下ではなく、その妹楠田芳子の手によるものだからだろう。
この時期の木下映画では、とても珍しいことなのである。
衛星劇場

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