池上に行った。

先週の金曜日は、母の命日だったので、実家の池上に行く。
大田区池上は、池上本門寺の門前町で、とても古く庶民的なところである。
5人兄弟の内、4人が集まった。私は末っ子なので、皆年上である。
母は横浜市鶴見の生まれで、父とは親戚からの勧めで見合い結婚した。
父は小学校の教師で、戦中は視学をし学童疎開計画をやっていたようだ。
戦後、小学校校長に復帰した父を助け5人の子供を育てたが、昭和33年父は脳軟化(当時、脳梗塞のことをこう言った)で倒れ、2年後に57歳で死んでしまう。
それから、女一人で4人の子供を面倒見たのは大変だったろうと思う。
5人兄弟の内、長女はすでに結婚していて孫もいて、次女も銀行勤務だったが、長男は大学生、三女は高校生、私はまだ小学校6年だった。
それから本家の叔父に助けられ、多少あった資産を活用し、私たちを育てた。
特に末っ子の私は、大学を留年するなど、一番心配をかけたようだ。
一度だけ母を喜ばせたと思っているのは、昔大学を出てから仲間と作った劇団で、私が書いた劇を自由劇場に見に来たときである。
母は実妹(叔母)と劇場に見にきて、舞台から見るととても喜んでいるように見えた。
60歳のとき、胃がんの手術をしたが完治し、その後25年間生きた。
85歳、胆のうがんで入院し、最後は認知症的になり、幻聴がすごかった。
母は、とてもバイタリティにあふれた人で、その辺の強さは残念ながら私には遺伝しなっかったようだ。
母の冥福を改めて思う。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする