泉鏡花原作で、主演は篠井英介、演出は白井晃、あまり期待せずに行ったら、意外にも良いできだった。
白井は、世田谷パブリツク・シアターで演出した『三文オペラ』と『偶然の音楽』が中身のない愚作だったが、これは悪くなかった。
要は、変にスタイリッシュにならず、大衆受けする通俗的な作り方に徹していたからである。
そもそも、泉鏡花が極めて通俗的である。
主人公の妖怪富姫が、姫路藩の鷹匠図書之助に惚れてしまうのは、きれいだからで、東映の娯楽映画のように美男・美女の主人公同士は惚れあい、敵に戦いで勝利し、最後はハッピー・エンドになるのだ。
なにしろ、姫路城の天守閣に富姫以下の妖怪が住んでいて、秋草を釣っている幕開きからすごい、到底尋常ではないのだ。
本当は、もっとスモーク等を使って、猪苗代城の亀姫の登場などやって欲しかったところだが、全体に奇妙な理屈付けがなく、通俗的表現に徹しているのは評価できる。
ここにあるのは、愛の勝利であり、世俗的なもの、武ばったものへの嫌悪と軽蔑である。
これが書かれた1917年の当時は、言うまでもなく日清、日露の戦いも終わり、日本は第一次世界大戦中の大好況で、国中が金に浮かれている時代だった。
この浮世離れした妖怪変化と人間の恋は、きわめて反時代的なものだったのである。
女形の篠井英介は、花組芝居時代から見ていてあまり好きになれなかったが、ここでは不快さは全くなかった。
図書之助の平岡祐太は、よく演じていて、亀姫の奥村佳恵のカマトトぶりは笑えた。
富姫の上臈薄の台詞が、まるで渥美マリ風だと思っていたら、なんと江波杏子だった。大映の台詞術なのだろうか。
最後、失明した二人の目を開ける木工細工師が小林勝也で、さすがに劇を締める。
音楽は三宅純、美術は小竹信節。
新国立劇場