『抱かれた花嫁』

浅草の老舗の寿司屋の看板娘有馬稲子が、上野動物園の獣医高橋貞二と結ばれるまでの下町人情喜劇と言えばそれまでであり、ただの娯楽作品である。
だが、有馬稲子、兄で家を出ている劇作家の大木実、さらに有馬の弟の学生で、真面目に勉強していると思ったら、SKDの踊り子朝丘雪路と出来ている田浦正巳の子供たち全員から、母親望月優子が裏切られる話と考えれば、大変興味深く、意味がある。
望月優子が、子供たちから裏切られ、突き放される松竹映画には、木下惠介の名作『日本の悲劇』があるからである。
多分、監督の番匠義彰は、木下作品を元に娯楽映画として通俗化したと思われ、それは大変上手くできている。
それは、主人公たちの脇の役者が良いからである。

寿司屋の板前で、有馬と高橋の仲を取り持つ桂小金治、銀座の大店の若主人で、有馬に惚れて、寿司職人の見習いまでする永井秀明、高橋に岡惚れしている新米映画スターの高千穂ひづるなども実に良く作品を支えている。
この辺の役者の分の良さは、松竹大船のものである。

田浦正巳にに対して、朝丘雪路のことを「裸踊りの女なんかに惚れて」と批難する望月だが、彼女も若い頃は浅草オペラに夢中で、明らかに田谷力三を思わせる歌手の日守新一と恋仲だったのであり、彼と望月を再会させている。
この辺も、望月がカジノ・フォーリー以来の浅草の役者だったことを踏まえた巧みな設定である。

有馬稲子の美しさと高橋貞二のとぼけた演技の上手さ、こういうものは今の日本映画から完全に消滅してしまったものである。
衛星劇場

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