『うしろ姿のしぐれてゆくか』

またしても俳人種田山頭火を主人公とした芝居である。
劇団民芸で、作は宮本研、演出は兒玉庸策、主演は当初予定したのは大滝秀治だったらしいが、内藤安彦で、山頭火は59歳で死んでいるのだから、大滝では少々年取りすぎで、内藤で良かったと思える。
宮本研に、山頭火の劇などあったかな、と思うと、本公演ではなく新人の勉強会のようなところでやったものらしい。

昭和12年、日中戦争に国中が向かうとき、山頭火は托鉢姿で、東北を放浪している。
そこから最後に、熊本の妻に会い、さらに四国に渡るまでの数年間が描かれているが、男は内藤ただ一人、後は女優ばかり。
確かに、当時の日本で町中を用もなくウロウロしていたのは、男では山頭火くらいだろう。
女優たちがときどき出てきて、芝居のコーラスも勤める。
全体に宮本研にしては、劇的工夫や仕掛けが乏しく、ドラマがどこにもなく、極めて淡白な筋書きなので、おかしいと思うと、当初はラジオドラマとして書かれたもののようだ。

種田山頭火は、私も30代の頃、日記を読んだ。
記述はとても面白く、それ自身がシナリオのようだ。
俳優の渥美清も好きで、脚本家の早坂暁が渥美に当ててシナリオを書いたが、健康状態から映画化できなかったようだ。
映画化されていれば、傑作になったと思う。
その代わりに、いつでも柴又に戻ってくる、偽の放浪の『男はつらいよ』の寅次郎を渥美清は、延々と演じたということかもしれない。
紀伊国屋サザン・シアター

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