ここにも活弁の影響があった

中学の同期会があったので行く。

大田区立大森第四中学16期生同期会。

場所は、昔は大田区民会館があって、改築された池上会館。

男女合わせて約80人、全体はA組からL組までの、55人12クラスの600人以上いたのだから、約15%になる。

欠席者の理由を聞いてみると、家族の介護で、というのが多いようだ。

勿論、出たくないので、それを口実にという人もいるだろうが。

先生も何人かお見えになっていて、ある国語の教師の話を久しぶりに聞き、ここにも活弁、つまり活動弁士の語り口の影響があったなと思い至った。

それは須藤先生という、国語の人で、授業中にしばしば詩や小説、短歌等を読み上げ、かなり感情的に思いれて話されるのであった。

かなり感動的だったが、よく考えると、こうした語り口は、サイレント時代の活弁の影響ではないかと思う。

映画史的には、きわめて否定的に語られる活弁だが、トーキー以降、漫談はもとより、紙芝居、チンドン屋等に影響を残し、また観光ガイドの語り口にも影響したことは有名である。

だが、学校、特に小学校の先生等の話し方にも影響していたのではないかと思った。

いずれ、岡田則夫先生にお聞きして、学校の先生のお話のレコードがないかどうか聞いて見ることにしたいと思う。

女性の方は、かなりの人が東京以外のところに移転をしたことがあるようだ。やはり、夫の転勤で引っ越すということが多いわけだが、一方でずっと池上に住んでいる者も多いのは、やはり下町である。

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