土曜日に放送されているNHK大阪の『夫婦善哉』が面白い。
豊田四郎監督、森繁久彌、淡島千景主演の東宝映画があまりにも有名だが、これも結構よくできていると思う。
JOBK放送60周年だそうで、力が入っている性なのだろうか。
JOBKと言うのも、最近はあまり聞かないが、昔はよく言っていたもので、大阪放送局にはそれなりの独自性と東京への対抗意識があったのだろう。
話は、大阪の老舗化粧品屋の若旦那柳吉(森山未來)と北新地の売れっ子芸者だった蝶子(尾野真千子)の恋路を描くもので、ダメ男としっかり者女のコンビ。恋路というか地獄めぐりである。
尾野が、淡島千景に似ているのがおかしいが、よく演じていると思う。森山は、昭和最大の俳優森繁と比較するのは少々可愛そうだが、愛嬌が足りないのは残念。
ここで、脚本の藤本有紀らが強調しているのは次の二つである。藤本は大河ドラマ『平清盛』の脚本家で、評判は今一だったが、私は面白かった。
少なくとも今の『八重の桜』よりははるかに良かった思う。『八重の桜』は、2、3回見てつまらいので、今はずっと見ていない。
一つは、カフェ、ジャズ、洋酒などに象徴される昭和モダン都市としての大阪風俗であり、それは関東大震災で破壊された東京よりも進んだものだった。
だが、それは太平洋戦争の大阪への空襲で完全に消滅する。
大阪は、皇居は例外として、丸の内のビル街、横浜の港湾施設など、占領後に使用すべき施設がなかっため、東京や横浜よりもはるかに徹底的に空襲された。
溝口健二の映画『夜の女たち』を見ると、大阪城の残骸以外、大阪の市街には建物がまったくなく、そのひどさは東京の比ではない。
もう一つは、下層の民衆の風俗、文化への柳吉の耽溺である。
有名な台詞、「こんな旨い物を食べずに死ぬのはばかだ」に象徴される、今日の言い方で言えば、柳吉のB級グルメぶりである。
それは、焼き鳥、オデン、ライスカレーなど、当時の常識では決して上等でも旨いものでもなかったが、柳吉は、好んで食す。
ここには、織田作之助の大衆的な文化、風俗への愛好意識が現れていると思う。
また、この劇を見ていると、戦前のある程度の上層の階層では、家の意味がいかに大きかったがよくわかる。
家というよりも家業と言うべきだが、その家業をいかにして継承するかが最大の問題だった。
ここでは、ダメ男で遊び人の長男を廃嫡して、長女(田畑智子)に養子を迎え、店を継承させるが、これは実は江戸時代から大店ではよくあったことである。
大店では、長男が家の商売に向いていないとすれば、彼には家を相続させず、娘に婿を迎えたり、優秀な番頭と結婚させたりした。
そして、その長子は、他の店に婿に出し、新たに閨閥を広げたのである。
この維康商店の例で言えば、長男柳吉は、その食道楽を活かして、料亭へでも養子に出せばよかったのかもしれないが。
織田作之助、森本薫、花登筺の3人が、関西が生んだ民衆的ドラマの作家だと私は思う。
この3人に共通しているのは、日本的文化、芸能への知識と共に、欧米の風俗劇への教養があり、3人とも若死にしたことであるが。
NHK大阪
コメント
Unknown
>愛嬌が足りないのは残念
たしかに、愛嬌が無いと只の嫌なクズ野郎になってしまいますからね。
愛嬌が足りなくなった理由の一つは、原作にあり、映画版にもあった、「吃り」という設定を無くしたことでしょう。
吃りで愛嬌のある人物というと「森の石松」ですが、以前、TVで演じた堺正章が、「TVでは吃りという設定は使えないし、めっかちという設定も使えないので、演じるのに弱った」と雑誌のインタビューで話していたのを思い出しました。
ああそうですね
映画で。森繁もあまり気にならないように演じていたと思いますが。
森山未來を森繁に比較するのは、可愛そうなのですが。
脚本の藤本有紀は、『平清盛』では、不当に批判されたと思うが、ここでは文句はないだろうと思う。