井上芳夫がこんないい映画を作っていたとは知らなかった。
彼は大映東京の監督で、そうひどくはないが、特に凄いと思う物も監督していなかったと記憶している。
原作は時の人石原慎太郎で、脚本は白坂依志夫、音楽は平岡清二でほとんどギターの演奏。
新進作曲家の宇津井健は、友人の高松英郎が自殺したとき、大学医学部に勤務している女医、と言っても臨床医ではなく研究医の叶順子と知り合う。叶というと叶姉妹という下品な連中しか知らないだろうが、叶順子は上品で可愛い色気で人気のあった女優である。
二人がどのように恋愛に行くかだが、非常に丁寧に、また緻密に描かれている。
というのも宇津井には、仁木多鶴子の妻と娘がいて、叶にも言い寄る同僚でまじめな仲村隆もいるからである。
構成は二人の交互のナレーションで進められ、フランスの心理小説のような細かい心理の動きがよく出ている。
この辺は、井上芳夫のものというよりは、脚本の白坂依志夫のセンスだろう。
二人が行く横浜のクラブで歌う歌手がフィリピン出身のビンボー・ダナオで、言うまでもなく淡路恵子の最初の夫である。
戦前からフィリピンのミュージシャンは日本のジャズに大きく貢献してきたが、多分彼が最後の世代だろう。
中盤に、ヨットで二人きりになり、やっとという時、
宇津井はさてという感じで「ブランデーがあるんだ・・・」
叶は言う「そんなものいる?」
勿論、二人はベットに倒れこむ。
この映画が優れているのは、この二人の一途な恋愛を、周囲が冷ややかに見ていることをきちんと描いていることである。
田舎の実家に戻った時、母親の滝花久子は、すべての事情を告げ口に来た仲村から聞いていて、叶にいう。
「犬みたい」まじめな滝花が言うので、非常にリアリティがある。1960年代前半の普通の人の性道徳はそのようなものだったと思う。
だが、ラストは突然やってくる。
叶は学会で京都大学に行き、宇津井は大阪で舞台の仕事が入り、用が済んだら京都で会おうと約束していた。
雨の中、町から戻って来た仲村は新聞を叶に見せる。
宇津井の乗った飛行機が浜松付近で落ち、全員死亡したというのだ。
最後、宇津井のヨットに乗った叶は、沖で船の錨の綱を切り一人沖合に出てゆく。
宇津井が売れっ子の作曲家で、豪邸の他、外車、そしてヨットと少し裕福すぎる気もしたが、傑作だろう。
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