『僕はなにも悪いことをしていないのに、なんでみんな不幸になるの』

村上春樹の小説は、最近のものは読んでいないが、『風の歌を聞け』『1973年のピンボール』などを読んだときはとても驚いた。
日本にこんな小説を書く奴がいるのか、と。
彼の文学は、吉本隆明が言うように日本では最高水準だと思う。
しかし、個人的には余り好きになれない。

彼の小説を一言でいえば「僕は何も悪いことをしていないのに、なんでみんな不幸になるの」だろう。
特に、『ノルウェーの森』がそうだ。主人公と係わる女性は皆不幸になり、死んでしまうが、主人公は無自覚で、自分には責任がないと思っている。

こうした、自分をイノセントな位置に置くのが嫌なのである。
無垢な立場の小説、簡単に言えば「カマトト」文学である。

今回の安原顕による原稿流失事件の経緯も、まさに「僕は何も悪いことをしていないのに、勝手に安原さんはある時期から急に僕を憎み出し、それを批評と言う形で広言した。そしてガンに冒されて死んでしまい、その間に原稿を売った」ということになる。
すべて悪いのは安原であり、僕には責任は一切ない。
確かに、ガンで死んだのも、安原が急に村上を批判しだしたのにも、村上には責任はない。安原の勝手である。

勿論、実生活体験と文学を同一視するのは間違いである。
しかし、村上春樹の文学の深い部分が、こうした人間関係の体験を元にしているように思える。
その意味で、今回の事件は大変興味深い事柄を含んでいると思う。

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コメント

  1. GOOS より:

    Unknown

    なるほどー。
    村上春樹の小説の登場人物がどうも好きになれず、いつも最後まで読みきれないのですが、好きになれなかった理由は確かにそういうところだったのかも。
    イノセント(相手をそれ以上理解しようとしないような態度)に冷たさや高慢さを感じるというか。
    そういえば、昭和文学大全集の騒ぎのときも、編集者が自殺したらしいですが、確かに村上春樹が直接手を下したわけではないけれど、その悶着が遠因のひとつとすれば、「僕は悪くないのに周りが不幸」になってますねー。