成瀬巳喜男と言えばまず『浮雲』になるが、私はこの『めし』が好きで、大傑作だと思う。
大阪に住んでいる三千代の原節子と初之輔の上原謙との夫婦は子供がなく、倦怠期である。家は、大阪の郊外、阪堺電車の近く住吉あたりだろう。この長屋と路地の情景が良いが、実は東宝のオープンに作られた中古智のセットなのだそうだ。
ここにいる住人が、浦辺粂子・大泉侃親子なのが非常におもしろい。
そこに上原の兄山村聡の娘で20歳の島崎雪子がやってくる。見合い結婚を勧められて嫌なのだからという。彼女の目で、大阪市内各地も説明される。
大阪にいる原節子の女学校時代の同級会が行われ、皆から「三千代は幸福だ」と言われるが、実感はない。
また、従姉妹の二本柳寛が東京から戻って来る挿話があり、原は、家に戻る島崎と共に東京に行く。
その実家は、東京ではなく横浜鶴見区の矢向である。商店街で、洋品店を妹の杉葉子と婿の小林桂樹、さらに実母の杉村春子でやっている。
杉村から、なぜ原節子、杉葉子の美人姉妹が生まれたのか、と言ってはいけない。
川崎駅付近で原は、やはり同級生で、戦争で夫を失っている中北千枝子に会う。息子を連れて中北は働いているが、そこにチンドン屋が通る。
中北は言う「あれ、夫婦よ、・・・足がぴったり合っている」 笑いあう二人。一方、大阪では上原が一人で家事をやっているが、乱雑で大変だが、これはあるいは戦前に美人女優だった千葉早智子と結婚したが、すぐに離婚した監督の成瀬のその時代のことのように見えた。だが実は、長屋の女性たちの手で、結構上手く生活していたのだが。そこに原の同級生で「見張りに来た」という女性が花井蘭子であることに初めて気づいた。
二本柳寛といい、結構豪華な配役である。
今、鴨下信一の『向田邦子の謎』を読んでいて、彼女のエッセイや小説には、玄関から靴が盗まれたことがある等の挿話があり、「それは本当だ」と鴨下は書いているが、ここでも上原は新品の靴を盗まれる。
さらに、島崎雪子の実家では、義母の長岡輝子が張り板で洗い張りをしている。
私の実家でも洗い張りはよくやっていたもので、この映画に描かれた戦後の光景は、1960年代の高度成長期までは普通に見られたことであると気づいた。
最後、矢向の商店街ではお祭りが行われていて、貧弱な神輿が子供によって担がれている。
出張で東京に来た上原謙が矢向に来ていて、原節子は、一緒に大阪に戻るところで終わり。
この作品の原節子、杉葉子、島崎雪子の三人の美人女優の内、言うまでもなく原節子は昨年亡くなられたが、杉葉子と島崎雪子はご存命で、まさに美人長命というべきであろう。
さざ波のように同じメロディー繰り返す早坂文雄の音楽が泣けてくる。
帰りは、阿佐ヶ谷の越川で飲む。ここは昔からあるが、先日行くと店内が広くなっていて、鏡かなと思うが、こちらにいない女性がいる。
隣の店を買って倍増させたのだという、すごい。