日下武史、死去

俳優の日下武史が亡くなられた、86歳。

劇団四季の芝居はあまり好きではないので、日下の出演した劇は1回しか見たことがないと思う。ただ、1980年代には、四季の団員から招待券を貰って見に行ったこともあるので見ているかもしれないが、特に記憶にない。

2005年4月に浜松町の自由劇場で見た『思ひ出を売る男』だった。

この劇は、劇作家で日下や浅利慶太らの高校の先生でもあった加藤道夫の作で、1953年に自死する加藤が2年前に書いた傑作h戯曲である。

日下は、劇の人物ではなく、冒頭に出てきて、加藤道夫の思い出などを極めて淡々と語った。だが、私には劇よりもはるかに感動したものである。

彼ら、後に劇団四季を作る日下ら若者たちへの加藤道夫の指導、思い出を静かに尊敬を込めて語ったのだ。

劇は、戦後の荒廃した都市の裏町に、音楽で思い出を蘇らせる男が主人公。

彼が手廻しオルガンやサキソフォンで蘇らせるのは、戦後の社会で傷ついた男・女とアメリカ人兵士。

彼らは、みな戦争で心に傷を負っているのだが、ここで私が強く感じたのは、加藤道夫ら1910年代生まれの世代(中村真一郎、福永武彦、堀田善衛、さらに黒田三郎、中桐雅夫、加藤周一ら)にとって、戦前の昭和初期が「幸福な黄金時代」として記憶されていたことである。

「ああそうだったんだな」と思い、普通よく言われるように戦前は軍国主義の暗い時代ではなかったことを再認識したのだ。

このことは以前、現役最長老の詩人・平林敏彦さんにお聞きしたときも、

「昭和16年の太平洋戦争までは比較的自由な時代と社会でしたね」とおっしゃられていた。

このことについては、2015年に出した拙著『小津安二郎の悔恨』(えにし書房)に書いたので、ご参照いただければ幸いです。

さて、日下に戻れば、彼は映画にも出ているが大きな役はない。

テレビでは『アンタッチャブル』の主役のエリオット・ネスの声をずっとやっていたので、記憶されている方も大いに違いない。

戦後の日本の演劇に大きな功績を残された名優のご冥福をお祈りしたい。

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