土曜日は、横浜のニュースパークで「映画の中の横浜」をやったところ、80人と大盛況でした。
来ていただいた皆さん、大変にありがとうございました。
当日は、多数の横浜が舞台の映像を予定したのですが、時間がなく全部は到底上映できませんでした。
再度感じたのは、「映画は都市のアルバムだ」ということです。
それは、監督やスタッフが意図しないものであったとしても、時代や社会を写してしまうということです。
実際に上映して、皆さん驚いたと思うのですが、黒澤明の有名な作品『天国と地獄』のタイトルシーンです。
文字からスタッフ、キャストへとタイトルが行き、バックは横浜駅付近なのですが、何となくぼんやりとしているのです。
私は、2回目くらいに見た時に気が付きました。
1963年3月に公開されたので、多分1,2月頃に撮影されたはずで、この頃の東京、横浜は大気汚染がひどかったので、あのような映像になったのです。
その他、残っているものに対して、結構消えたものがあり、横浜ドリームランド、花月園競輪場、新港ふ頭の屋外荷捌き場など。
残っているのでは、会場の旧商工奨励館ビルや旧三井物産横浜支店は、ほとんど戦前からと同じ姿です。
1933年の小津安二郎の映画『非常線の女』では、昼は英文タイピスト、夜はギャングの情婦の田中絹代が三井物産ビル前を闊歩するのです。対岸の横浜地裁も戦前と同じです。
さらに、山手のカソリック教会なども現存しているのですが、1945年の米軍の大空襲の時、横浜の中心部と港湾施設、山手地区は空襲から除外されたのです。
なぜなら、戦後米占領軍が使用するために除外したのですから嫌になります。