毎年の中川信夫監督を偲ぶ「酒豆忌」が日比谷図書館文化館で行われ、『悲しみはいつも母に』が上映された。
これは1961年秋、大蔵貢退陣後の新東宝で撮影されたが、倒産で中断し、その後追加撮影され、新東宝からシバタプロに売却され、大映で公開された作品で、今まで上映されたこのないもの。
巻頭に、タイトルが出て、家で母の望月優子と息子の山田幸男が喧嘩し卓袱台返しをして出てゆく。
すると画面が右上の小さなものになってしまう。解説にネガを2Kスキャンとあったので、PC操作の間違いかと思うと違う。すると残りの画面にスタッフ、キャストが出てゆく。
その他、息子と母の行動を2画面分割で同時進行で描くなど、きわめて斬新な技法が使われている。山田は、言うまでもなく羽仁進の『不良少年』に出た素人の青年であり、台詞はひどいが、仕方ないだろう。大空真弓が唯一のスターとして出ている。
この前衛性で、よく大映が公開したなと思うが、一応母ものとして公開したのだろうと思う。
原作は、『お菓子放浪記』の西村滋で、元の題は『愚連隊』で、山田幸男の不良少年を描くものだったようだ。
母親は、当初は山田五十鈴だったというが、末期の新東宝で多分ギャラが折り合わず望月になったのだろう。
戦争で満州から子供を連れて引き揚げてきた母と息子、妹の一家は最貧困で、母は裕福な家のお手伝いをして僅かな金を得ている。
そんな生活が嫌で、山田は家出し、不良仲間に入っている。
そして最後、犯罪に関わるが、望月は、あえて息子を庇わず、一度は山田は逮捕投獄される。
だが、最後、母はどうするのか、というところで終わり、結論はわからない。
この作品は、途中で製作中止され、再開の時、すでに中川監督は、東映の仕事が入っていたので、助監督の高橋繁夫が撮ったのだそうで、ラストの解釈もいろいろあるようだ。
上映の次に、この映画の前作『かあちゃん』に出た子役の津村彰秀さんと主催者の下村健さんのトークショーがあり、非常に面白かった。
途中で、『ウルトラマン』などで津村さんを使ったことのある元TBSの飯島さんの中川監督についての話も興味深かった。
飯島さんのお話では、テレビ映画の勝海舟親子の『父子鷹』で、最初の滝澤英輔監督と中川信夫監督の撮影法が対照的だったことが証言された。滝澤は、順撮りで有名だったが、中川は「本当の職人監督で、きわめて効率的」に撮影されたとのこと。
酒豆忌では、国際放映や東映で助監督を務めた方からお話を聞いたが、中川信夫の人柄がわかって面白かった。
こうしたテクニックの多様さは、サイレント時代の技法の多様さから起因していることを再確認した。