フィルム・センターは、今月は山中貞雄特集。山中自身の作品のみならず(映画は3本しか残っていない)、脚本作品、後に他の監督がリメイクしたもの、玩具フィルムや山中自身が学生時代にノートに書いたパラパラアニメなども上映。
9月22日は、昭和30年代に東映がリメイクした『恋と十手と巾着切』と戦前に日活で作られた『大菩薩峠・甲源一刀流』
前者は、監督が井沢雅彦で、主演は最近亡くなった山城新吾がスリで、相手の岡引が吉田義夫、恋人は中里という新人女優。
他に、千原しのぶ、戸上城太郎など。
山城が、あだ討ちの赦免状を掏ったことから始まる喜劇で、赦免状や仇の印の印籠等が出演者の間を行き来する喜劇で、最後は仇の戸上城太郎を無事に討ち、山城も改心して吉田の縛につくというハッピーエンド。時代劇のルーティンの人物や筋、設定等が上手く使われていて、こうれが昔の時代劇だったと思った。
『大菩薩峠』は、本来は伊藤大輔だったが、忙しくて稲垣浩と荒井良平、山中の監督になったそうだ。
主人公の机龍乃介は、大河内伝次郎。
戦前の映画なので、性的描写が一切なく、机龍之介が御前試合で殺した宇津木の妻といきなり結ばれていて、江戸の片隅で逼塞して生きている姿になってしまうのには、驚く。
戦後の、内田吐夢、三隅研二の『大菩薩峠』では、色事も見せ場だったので、戦前の表現の困難さを改めて知る。
大河内の机龍之介も、苦悩が深くて良い。
片岡千恵蔵や市川雷蔵の机龍之介は、性格的に本来こういう破綻した人間なのだと思えたが、大河内のは、自分では自分の異常性に気づいていず、他人から指摘されて驚くような感じなのだ。
東宝で、岡本喜八監督、仲代達矢が演じた机龍之介も、それに近い感じだったようにも思えるが、あまりよく憶えていない。
机の剣を「邪剣」と見破る島田虎之助が大変立派だな、と思っていたら岡譲二だった。この人のルックスは本当に立派だ。
戦後は、こういう立派さは社会的に不要とされ、彼は不遇だったようだが、戦後は立派な顔が不要になった社会で、それは今も続いている。
古川ロッパが、「戦後は喜劇の主人公が森繁久弥に象徴されるように、卑怯者になった」と言っているが、本当にそうなのだ。