『沙羅乙女』

戦前の1939年に公開された東宝映画、原作は獅子文六、監督は佐藤武、主演は千葉早智子、徳川無声、北沢彪、江波和子、そして藤原釜足である。カメラが三村明で、撮影もきわめて良い。

話は、発明狂徳川無声の娘千葉早智子の恋愛で、徳川に稼ぎがないので、彼女は都心のビルの地下でタバコ屋をやって一家を支えている。
彼女には、レストランのコックで店を持つことを夢見る藤原と、金持ちの御曹司のサラリーマンの北沢の二人から求婚されている。
北沢には、驕慢な金持ち娘の画家江波和子も惚れていて、北沢を廻る二人の女の戦いも筋の一つである。
これは、江波に言わせれば、「職業婦人と有閑令嬢」の対立である。
江波和子は、『女賭博師』の江波杏子の母で、大変よく似ているが、もっとエキゾチックなルックス。
この藤原釜足が洋食レストランのコックで、江波和子がフランス帰りの絵描き、というのは、当時の国粋化に向かいつつあった日本の状況に対する、獅子文六の欧米文化への尊重と抵抗である。

要は、千葉は藤原と北沢のどちらと結ばれるかで、ここにはブルジョワジーと労働者との対立が象徴されており、この対立は、原作者獅子文六の友人岸田國士原作の大ヒットのメロドラマ『暖流』でも描かれたテーマでもある。
戦前の日本の社会で、最大の対立軸は、資本家対労働者の階級的対立があった。
獅子文六や岸田国士らは、どちらにも付かず、両者を尊重しつつ協調をさぐる立場だったと言えるだろう。
それは、当時は微温的立場として、双方から避難されたが、今日的に見れば十分納得できる。
結局は、二人とも最後は、太平洋戦争に協力する立場になってしまうが。

映画は、千葉は、やはり「事変公債」のくじの当選で大金を得て店を出す藤原を選ぶ。だが、開店の前日、藤原に事変の召集が来る。
すると千葉は、藤原に代わり洋菓子店をやって行くことを暗示して終わる。
言ってみれば、事変(支那事変)への協力を示した形である。
衛星劇場

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