小津安二郎のギャング映画などというと、みんな驚くだろう。
一昨日の神保町の「よろず長屋」でも、『非常線の女』の一部を見せると、みな驚いていた。
1933年の小津のサイレント映画の末期の作品の主演は田中絹代で、昼間は商社の英文タイピスト。だが、夜は、ボクシング・ジムとダンス・ホールを根城とする元ボクサーのギャング岡譲二の情婦なのだ。
ダンス・ホールは、実際に溜池のフロリダで撮影されていて、空襲で焼失したので貴重な映像。店内は、トロピカルな雰囲気で、ジャズクラブとして有名だった「フロリダは、こうしたところだったのか」と思う。
また、ボクシング・ジムでは、大学生の三井秀男(三井弘治)が練習していて、彼の姉水久保澄子は、銀座のレコード店に勤務している。
岡譲二は、ジョージ・ラフトそっくりの横顔で、まさしくアメリカの暗黒映画である。小津は、ジムの壁にジャック・デンプシーの試合のポスターを貼るなど、アメリカ映画への強い憧れがみられる。
岡が、水久保澄子に惚れたことから、田中絹代と三角関係になり、田中がピストルで水久保澄子を脅す場面のあるが、そこは横浜の外人墓地の手前と山手カソリック教会で撮影されている。夕方の退社後に、田中が闊歩する町も実は横浜で、日本大通りの三井物価横浜支店ビルと横浜地方裁判所ビルが背後に見える。
最後、追い詰められた岡譲二と田中絹代は、田中の会社に押し入り、田中に惚れている会社で専務で社長のバカ息子をピストルで脅し、多額の現金を奪って逃亡する。
そして、逃亡した夜の町は、これまた横浜山手だが、教会の前で田中はなぜか岡譲二を持っていたピストルで足を撃ち、逃亡をやめさせる。
彼女は言う、「もう一度最初からやり直そう」と。
二人は、警官に逮捕されてエンド。
これは一体、何を描いているのだろうか。
私は、小津安二郎の強い政治的なメッセージがあると思っているのだが、いかがでしょうか。