『闇に咲く花』

こまつ座の井上ひさし生誕77フェスティバル公演、元は25年前に書かれ、過去6回再演されたものだという。
昭和22年夏、神田猿楽町の愛敬稲荷神社、神主は辻萬長、そこにお腹を大きくした女性5人が帰って来る。
妊娠したのではなく、千葉の農村から米の買出しに行き、お腹に隠して列車で戻って来たのである。
一幕は、当時の日本の貧困と闇が多く描かれている。
そこに、出征して死亡の公報が来ていた長男の石母田史郎がやって来る。
米軍の捕虜になり、長い間記憶喪失になっていたので、日本に連絡が出来なかったというのだ。
そこに、中学時代の友人で、一緒に野球をやっていた浅野雅弘も来る。
彼は、医者なので、記憶喪失の石母田に対して、野球をやっていた時のことを話しかけて石母田の記憶を回復させる。
熊本工業の川上哲治と吉原のバッテリーのこと等、戦前、戦中や敗戦直後のプロ野球のエピソードが出てくるのが楽しい。
女たちの中に、プロ野球賭博をやっているのがいて、巨人対金星などと言っている。
金星とは、金星ゴールドスターズのことで、様々な変遷を経て、今ではロッテ・オリオンズになる球団である。

だが、二幕は、戦争中の責任の話になり、一時は庶民を出征兵士として町の先頭に立って送った辻神主の追求になるが、それを喜んで見送った女性たちにも戻って来る。
この頃は、まだ井上ひさしの天皇制への追求は厳しくないので、神主や神道への批判も穏健なものである。
むしろ、こうした町の底辺の神社に罪はないと言っているようだ。
その意味で、この神社、神道論は、永井荷風の「淫祠」論にもよく似ている。
淫祠とは、町の片隅にある無名の小さな地蔵、稲荷、祠等のことで、荷風はこれらを愛すると書いているが、彼の反俗主義の表れの一つである。
最後、石母田は消えてしまい、その謎もよく分からないが、まるで『道明寺』のような夢幻劇である。
井上ひさしの戯曲としては、必ずしも優れたものとは言えないが、夢幻劇としては大変面白かった。
紀伊国屋サザン・シアター

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