『黒い太陽』

東京フィルメックスの蔵原惟繕特集。
この日活映画は、1964年公開で、高校生の時に見て、「随分黒人ジャズに思い入れの激しい映画だな」と思った記憶がある。
1964年は、日本でモダン・ジャズが一番盛り上がっていた時代である。
今考えれば信じがたいが、左は大江健三郎、井上光晴から、三島由紀夫、石原慎太郎に至るまで、ジャズを聴き、語り、作品に取り入れた時代だった。
倉橋由美子も、ジャズを知らないのは作家の資格に欠けると、サングラスをして密かにジャズ喫茶に行ったというのだから、笑えるではないか。

ジャズにとっても、1950年代後半から60年代前半は最も良い時代だった。
戦後の公民権運動による黒人の地位向上の中で、ジャズは黒人のみならず、白人の学生やインテリの愛好するポピュラー音楽になり、日本に波及するのも当然だった。
ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーンからオーネット・コールマンに上昇したジャズは、フリー・ジャズで行き詰まり、現在の「第二クラシック」となる堕落が始まった。その意味で、コルトレーンが1968年に死んだのは、まさに良い死に時だった。

この映画ほど、日本のジャズの受容の滑稽さを示す作品も少ないと思う。
蔵原が、この4年前に監督した『狂熱の季節』と同様、渋谷のチンピラ川地民夫は、黒人ジャズが大好きである。ジャズに黒人も白人もないと思うが、日本人は圧倒的に黒人ジャズが好きである。
彼は、桜ヶ丘の廃墟の教会に、モンクと名づけた犬と一緒に住んでいる。モンクとは、言うまでもなくセロニアス・モンク。
渋谷のジャズ喫茶・デュエット(改装前で昔のもの)で、彼が「モンクが死んだ」というと、皆が「セロニアス・モンクが死んだの?」と思って大騒ぎになるところが笑える。
ある日、川地が不法占拠の教会に、殺人事件を起こした黒人兵チコ・ローランドが迷い込んでくる。
川地は、黒人=ジャズ=すべて仲間の短絡思考で、「フレンド!」と呼びかけるが、二人の間にコミュニケーションは成立せず、様々に滑稽な事が起きる。
役者にはジャズ喫茶の常連の藤竜也やパンパンの千代郁子なども出るが、劇のほとんどは、川地とチコの二人の芝居。脚本は、当時蔵原とコンビだった山田信夫。
二人が、厚情を交わすのは、渋谷を追われ、海辺のゴミ埋立地に追い込まれてからだが、そこにも日本警察とアメリカ軍のMPが来る。
チコは、埠頭あったアドバルーンに引っかかり、そのまま天空に上って行く。

音楽は、黛敏郎だが、演奏はマックス・ローチ。
歌は当時妻だったアビー・リンカーン。
当時の日本の芸能界のミュージカル熱は、前年の大映のミュージカル映画『アスファルト・ジャングル』で、ローランド・ハナ・クインテットを招聘したが、ここではさらに大物のマックス・ローチを呼んで来た。
まだ、日本映画界に金と力があったと言うべきか、ジャズを誤解していたと言うべきか。
カメラは、岩波映画の金宇満司で、ドキュメンタリー的映像が素晴らしい。
彼はその後『黒部の太陽』を経て石原プロに入り、石原裕次郎に可愛がられ、また心酔しテレビの『太陽に吠えろ』のカメラマンになる。
彼には裕次郎のことを書いた『社長、命』という本があるが、これまた思い入れの激しいものである。

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コメント

  1. SS より:

    井上光清
    井上光清って誰ですか?
    ひょっとして、井上光晴の間違いですか?

  2. SS より:

    Unknown
    >1964年は、日本でモダン・ジャズが一番盛り上がっていた時代である。

    そば屋の出前持が鼻歌でMoaninを歌っていたという話がありますね。

    >現在の「第二クラシック」

    確かに現在のジャズは過去の模倣だけで進展は皆無ですから、まさしく「第二クラシック」ですね。
    しかし、「フリー・ジャズで行き詰まり」、その結果として「堕落が始まった」という意見には反対です。

    60年代末から70年代までは、ジャズロックやフュージョンという新しい流れもありましたから。
    マイルスのように、フリージャズを否定してフリージャズ全盛期には雌伏してライブ活動に専念し、ジャズロックに向かったミュージシャンも居ましたしね。

    コルトレーンが死ななければ、フリージャズを続けるか、ハードバップに戻るか、ジャズロックに挑むか、のいずれかだったでしょうが、コルトレーンのジャズロックを聞いてみたかったなと思います。

  3. そうです より:

    さすらい日乗
    井上光晴の間違いです。
    ジャズのその後については、別に書きますので、それを見てください。

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