1964年に公開された若松孝二監督作品で、彼の映画としては、初期に属するものだが、他の作品と随分感じが違う。
1963年に『甘い罠』でピンク映画にデビューした若松映画は、強姦シーンの強烈さなど、性と暴力で有名だった。
だが、ここにはそうしたものはまったくなく、むしろ当時の左翼独立プロ映画のような、メロドマラ的な描写と反原爆思想の映画なのである。
女子高生の榊原扶美子は、高校のバレー・ボール部で活躍していて、美しい母三浦光子はやさしく、美大への進学を決めている恋人の花ノ本寿という恋人もいる。
だが、彼女は誕生日の夜、父親から「本当の子供ではなく、広島の原爆で死んだ妹の娘である」ことを初めて知らされる。
すると、彼女の体に次第に斑点が出てきて、体がだるくなり、バレー部の練習も休むようになる。
本屋では土門拳の『原爆写真集』を見て、ついには広島までに行く。
夏休みのバレー部の合宿にやっと参加するが、斑点の出た体を見せられないため、風呂にも一緒に入れない。
この女子高生の集団入浴シーンで、未成年者の裸にしたとのことで、この映画は警察の取締を受け、一躍有名になる。
そして、彼女は翌朝、海に入って自殺してしまい、エンドマーク。
「ええ、これが若松映画なの」
この不思議な映画ができた理由は、私の考えでは、母親役の三浦光子にあり、あるいはお金も彼女が出したのではないかと思う。
三浦は、松竹の女優で、非常に色っぽい、むしろ淫猥な感じさえ与える女優だが、私は好きである。
彼女の出演作で、容易に見られるのは西河克己監督、石原裕次郎、浅丘ルリ子、吉永小百合の『若い人』で、ここで三浦は吉永小百合の母を演じている。
水商売をしていて、荒くれ船員の北村和夫とできているが、石原裕次郎を誘惑する素振りも見せる。
成瀬巳喜男の傑作『稲妻』でも、高峰秀子の姉の一人で、男にだらしなく、運の悪い女を好演している。
だが、最も良い演技は、渡辺邦男が東映で作った『大菩薩峠』での小浜だろう。
そこでは、机龍之介は、「宇津木との間の試合が生死を賭けたものになったのは、お前の性だ」とはっきりと言い、小浜という女がいた事の意味を明確にしている。
そのように三浦は、運命の女なのだが、実人生で彼女は、戦後アメリカ軍の中尉と結婚し、一時は渡米していたこともある。
だが、この結婚は失敗で、最後には離婚する。その後、彼女は映画出演と共に、高橋とよ、浦辺粂子らと劇団を作って活動もした。
そこで、この映画に出てくる女優や見たこともない男優は、そうした彼女の演劇仲間の人達なのだと思う。
さらに、この映画の反原爆思想には、彼女の実人生でのアメリカへの複雑な想いが反映されているのではないか、と言うのが私の考えである。
日比谷図書文化館ホール