「爽春」 こんな言葉が本当にあるのかどうか知らないが、内容はそれほど爽快なものではなかった。
あえて映画の意味を言うなら、「悔恨」になる。
それは、主人公の岩下志麻が、恋人滝田裕介と付き合っていたのに、彼がロンドン勤務になったために別れ、彼はイギリス人女性と結婚してしまう。
戻って来て再会し、ホテルで密会するようになる、別れも結婚にも進めず曖昧な関係を続けている。
滝田の役どころは、本来は佐田啓二だが、彼は1964年に交通事故で亡くなっているので、滝田になったのだろう。
言うまでもなく、滝田裕介は、俳優座の知的二枚目で、テレビの『事件記者』で大人気だった。
そこに、滝田の部下で、アフリカから戻ってきた竹脇無我と、岩下の友達で女子大生の生田悦子の恋が絡んでくる。
竹脇無我の行動はほとんどストーカーに近いが、彼は本来は無鉄砲な性格の役者ではないので、これには少々無理がある。
この滝田と竹脇、岩下と生田の会社(岩下は博物館に勤務している)でのエピソードは、松竹と言いうよりは、東宝のサラリーマン物の世界に近い。
岩下の父が山形勲で、10年前に妻を亡くしている。
この親子の恋愛のような関係は、小津安二郎作品の笠智衆と原節子であり、その1960年代後半版でもある。
山形の友人が小学校校長有島一郎で、酒乱。
これは、小津の映画『東京物語』で、小津の尾道時代の友人で、東京で酔いつぶれてしまう東野英治郎である。
この時期の中村登作品には、小津作品の一部や設定を使いながら、時代的に変容させたという感じの映画が多いようだ。
それだけ映画と時代の齟齬に苦心していたのだろう。
有島は、酔って暴れた時、軍歌を聞くと途端に静かになる男で、彼は、レイテ海戦で3日間も漂流したと言い、山形に向かい、
「一度も鉄砲も持ったことのない奴に俺の気持ちが分かるか!」と言う。
多分、山形勲は、技術者だったので、徴兵延期されて戦場には行かず、最下層の兵士として招集されたのが有島一郎なのだろう。
この辺の微妙な違いは、戦後の我々にはよくわからないところだが。
最後は、もちろん竹脇と生田の結婚式で終わり、岩下は滝田と別れて、自分の道を探して行くところでエンドマーク。
ラピュタ阿佐ヶ谷