夕方、神保町の岡田則夫さんのいにしえ書房に行き、先月の「1964年東京オリンピックの頃」のためにお借りしたSP盤を返しに行く。
東大史料研究所の杉山さんもいて、いにしえ書房の応接間であるヴェローチェで話す。
中心は、いかに都市からスラムのような地域がなくなっているかとのこと。
岡田さんも杉山さんも私も、そうした路地や密集した粗悪な住宅地、小さな店などが大好きで、近年急速になくなっているのは実に嘆かわしいことで一致する。
東映のヤクザ映画では、こうしたスラム・クリアランスをする近代主義者の安倍徹や天津敏らは、ラストで鶴田浩二や高倉健に斬られることになっているのだが、現実はそうならない。
中田宏、松沢成文ら松下政経塾出身者は、こうしたスラム・クリアランスが好きで、横浜の黄金町の「売春ゾーン」を浄化された。
まったく文化を理解できない連中である。
文化には、そして都市には必ず闇があり、それなくして文化、芸術はありえないのだから。
岡田さんが風邪気味とのことで、飲まずに夕刻に別れて私は地下鉄に乗る。
いつもの三田線で北品川の「ほ志乃」に行くつもりだったが、三田駅を乗り過ごしたので、そのまま武蔵小杉まで行く。
ここは、かつては日本電気の工場があり、戦時中には「工業都市駅」もでき、戦後に国鉄武蔵小杉駅と一緒にされたとのこと。
汗くさい労働者の町だったが、、今は急速にお洒落な町に変貌し、この夜もハロウィーン化粧の女性が闊歩していた。
ビルの谷間の「玉や」で飲む。
やはり、闇を愛するおじさんたちで一杯だった。
ここにも愛好者がいた。
コメント
向こうから 横から
観たかった旧い映画があったので はじめて 「ジャック&ベティ」 をたずねた。
降りた駅の名前は 「黄金町」 、ちょっと変わった駅名。
歩き始めて じきに感じた 「懐かしさ」、生まれ育った 「京成線」 の あの駅付近と 似た空気、雰囲気がある。
ともに かつての 「三流歓楽街」、
言葉にするのが難しい、向こうから 幼な馴染が現れる感じ、
またこんど 散歩しようと思います。
お湯割りが旨いデス。
黄金町は
京浜急行には、面白い駅名が多く、雑色(ぞうしき)など、絶対に読めないでしょう。
黄金町は、戦前からあった駅名で、横浜大空襲では、階段に死体が積み重なったそうです。
京成線の駅ってどこでしょうか、立石でしょうか。
私も好きなところですが。
横浜や立石、
「立石」は ヘンに知られた町になって 自分が生まれたところという感じがしないです、
関東大震災のとき、横浜「反町」にいたと ある時 母から聞いて びっくりしたことがあります、
てっきり 立石だとばっかり思い込んでいたからです、
東京都内より 神奈川県のほうが いっぱい揺れたという話は けっこう聞きます。