『路傍の石』

今日も川崎市民ミュージアムの久松靜児特集。
山本有三のこの小説は、戦前に日活の田坂具隆監督で、昭和30年に松竹の原研吉監督で作られた3回目で、この昭和35年の東京映画での後、なんと東映でも家城巳代治監督で昭和39年にも作られている。
恐らく、これも文部省特選だが、一般の映画館での上映とは別に、常に学校での教育的上映が期待できるからだろう。

話は、甲斐性なしの山師の父親(森繁久弥)の命で、中学進学を諦め呉服屋に丁稚奉公にやらされる吾一少年(大田博之)の、不当な差別、迫害の悲しみ、悔しさとそれでも失わない矜持の美しさ。
番頭の山茶花究らからのいじめは、ほとんど『番頭さんと丁稚どん』の喜劇世界。

店に来た最初、吝嗇で因業な主人織田政雄から、「吾一というのは呼びにくい、変えなさい!」と言われ、
山茶花は、勝手に「五助」にしてしまう。
外人のようにきれいな顔の大田博之少年が、五助とはあんまり。

いずれにせよ、昔は貧乏だが優秀な少年少女は、それゆえに生意気だとしていじめられ、無理解な周囲の迫害を受けたのである。
「貧乏人は、分相応な生活をしていろ」が世間の考えであった。
病死してしまう母親は原節子、近所のインテリの本屋が滝田裕介、その母滝花久子、長屋の住人に沢村いき雄など。

こういう良心的映画は苦手だが最後、店に反抗し、東京へと一人で旅立つ少年の決意には涙が出た。
戦前の田坂・片山明彦映画では、石油ランプを土間に叩きつけて割るのがラスト・シーンだったが、ここではバカ娘が下駄だ、何だと文句を言うので、下駄箱から履物を出し、次々と土間に叩きつけ割るものだった。

「吾一、頑張れ! 大田博之のような美しい者を迫害する奴らは、皆地獄に落ちろ!」と心の中で叫んでいた。

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