憲兵の戦後の方が気になった 俳優座『気骨の判決』

CSで録画してあった俳優座の『気骨の判決』を見る。1942年の東條英樹内閣下で行われた翼賛選挙での悪質な選挙妨害に対し、大審院の古田判事が有罪とした事件を描くもの。

まことに立派な人柄と判決だが、彼と幼い時の友人で、憲兵として古田と対立する佐久間と言う男の方が、私は気になった。

戦後、彼は公職追放されて、「田舎でのんびり暮らすさ」と言って舞台を去る。

だが、そうだったのだろうかと思った。

昔、横浜市会に、公明党の議員で小倉五郎さんと言う方がいた。非常に温厚で大人しい議員だった。だが、この方は戦前は、特高だったというのだ。

外見的にはとても恐ろしいい特別高等警察の人間のようには見えないので、犯人に安心されて特高としての成績は良かったというのだ。

だが、この人は、戦後は金沢区の六浦で時計屋をやっていた。そのように、戦後公職追放された人たちは、戦後どのような人生を送ったのだろうか。

清く正しい古田判事よりも、こうした人の戦後の方が気になった。

小倉さんのように、自営業になったのだろうか。

1950年6月には朝鮮戦争が起き、警察予備隊から始まり、自衛隊になるので、そこに入っていったのだろうか。

役者では、古田の母親が岩崎加根子で、相変わらず上手いが、やはり年をとった。私は、1960年、お台場で行われた俳優座後援会運動会で、彼女を見ているのだが、「きれいな女性だな」と思った。

河内桃子らもいて、当日のイベントの司会は、テレビの時代劇の悪役で有名だった横森久で、「この人は良い声だな」と思ったものだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする