西河克己は、裕次郎・小百合・ルリ子の『若い人』は面白かったが、彼が作りたくて松竹から日活に来て撮ったという『生きとし生けるもの』も、よく意味が分からず、その程度の監督と思っていた。
だが、今日の『若い傾斜』には、参った。
近年見た日本映画で最高の作品だった。
1959年、原作は船山馨で、脚本は池田一朗と小川英、主演は川地民夫、浅丘ルリ子、赤来圭一郎、清水まゆみ、二本柳寛、山根寿子というかなり地味なキャストなのだ。
話は、夜間大学法学部に通い、弁護士を目指している昼は電力会社で働いている川地と、弁護士二本柳の事務所に勤めている赤木。
赤木が、真面目な普通の若者を演じたのは珍しいが、とても良い。
川地が母親の山根と住んでいるアパートの住人が、同じ電力会社の係長が信欣三で、娘は清水まゆみ。
筋は、二つあり、信の電力会社が、取引業者から粗悪な石炭の納入を見逃してリベートを取っていた事件があり、担当係長の信に嫌疑が掛かる。
だが、小心な信は記録を手帳に書いていて、それを川地に託すが、純真な川地はそれを悪徳弁護士の二本柳に騙し取られてしまい、重役等の犯罪もすべて信に押し付けられてしまう。
もう一つは、二本柳の娘の太陽族娘の浅丘が、川地と恋に落ちてしまうが、本当は弁護士事務所の山根は、二本柳の愛人なので、二本柳は二人の仲を許さない。
この辺の人間関係と、汚職事件の進行も非常に上手く進行している。
二本柳は言う。
彼も若い頃は苦学して弁護士になったのだが、「苦学生は好きではない」と言う。
「あなたも苦学したのじやないの」と山根に聞かれると、
「私は、自分が嫌いだ」と答える。
この映画の人物は、皆問題を抱えているが、西河はそれを平等に描いている。
最後、赤木の機転で、会社から多額の金を取り、浅丘は、父親の反対にも関らず、川地と一緒にやっていくことを宣言して終わる。
会社の創立40周年パーティーで赤坂プリンス・ホテルが使われていたが、昨年閉鎖された新館のあった場所は、旧館の広い庭であることが分かった。
そこでは、スクエア・ダンスが踊られていて、赤木や清水が行く「歌声酒場」が二回も出てきたのは、時代である。
このように素晴らしい映画だったが、一つだけおかしなところがあった。
信欣三が「収賄罪」で逮捕されることで、電力会社は民間企業なので、公務員でない信が収賄罪に問われることはありえない。
もし、罪状があるとすれば商法上の背任だが、安い石炭を高い価格で納入業者から買ったとしても、製品である「電気」に影響はないはずだから、会社に損害を与えたとは言えず、背任罪も成立しないだろう。
阿佐ヶ谷ラピュタ