やらせ2

1968年に大島渚は、NTVの「ノンフィクション劇場」で『大東亜戦争』を当時の日本ニュースをそのままの映像とナレーションを使って製作した。

その時、彼は日本ニュースの戦闘場面の映像を見て、

「そのほとんどが実戦ではなく、演習だった」と結論している。

確かにそうだと思う。高校の物理の教師Nは、元飛行機乗りだったが、彼の言では、

「最初に戦場で、自分の頭の上を敵の銃弾が通ると、必ず脱糞してしまうものだ」とのこと。

誰でも、銃弾は怖い。

さらに私は、川崎市民ニュージアムで当時のカメラであるアイモを持ったことがあるが、非常に重たいものだった。また、フィルムは数分間しか廻すことができなかったので、連続のシーンを撮るとなるとフィルム・チェンジも必要で、戦場ではそれも命がけだった。

だが、大規模の作戦であればあるほど、事前に演習を行うので、そうした時に撮影をしておいたのである。実際に、戦場で素人であるカメラマンにウロウロされたらそれも邪魔であるに違いない。

実際の戦闘の映像はないかと言えば、これはアメリカ側の撮影だが、前年に起きた南太平洋海戦での空母ホーネットから撮った映像がある。

そして、これは1943年10月の日本ニュース177号の前半で、後半は有名な学徒出陣の雨の壮行会のシーンの前に付けられているが、今はNHKアーカイブで見ることができる。

そこでもアメリカのカメラマンは、最も安全な場所である艦橋から撮っていて、米軍の弾幕の中を突っ込んで撃ち落される日本軍機が映っている。それでも、このホーネットは魚雷で沈没させられ、カメラが日本が入手したのだ。

これを入手した日映のスタッフは、どこで使うか考えていたが、学徒出陣の回があったので、これに付けたのである。

その意味は、「神宮競技場から出て行った学徒の多くも、南の海でこのように死んでゆくよ」という意味だったのだそうだ。

いずれにしても、戦場と言うのは過酷な場であり、安易に撮影などできないということなのだ。

今は、スマフォで簡単に撮影ができるが、戦場が危険なことに変わりはない。

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