『越境者 松田優作』

松田優作の前の妻で、作家松田美智子による松田優作の評伝。
松田優作の演技は、一度も良いと思ったことがない。特に、彼が監督・主演した映画『アホーマンス』を今はない大井ムサシノで見たときには、本当に怒りすら感じた。呆れてものが言えないとは、あのことだった。
彼の映画では唯一、村川透監督の『処刑遊戯』は、面白いと思った。
私は、松田優作がなぜ高い評価を受けるのかが、全く理解できない。彼は、本質的に暗く、解放されない役者である。
そうした暗さや閉鎖性が「様や芸」になっている原田芳雄もいるが、松田優作とはレベルが違う。

この本では、松田優作の演劇歴を、美智子さんが彼と出会った金子信雄が主宰していた劇団「クラブ・マールイ」の養成所生から始めている。
だが、松田優作にはそれ以前、津野海太郎らがやっていた六月劇場の裏方の前歴があり、津野海太郎の『おかしな時代』に書かれている。彼は、六月劇場、マールイの後、文学座の研究生になり、テレビの『太陽に吠えろ』でスターになる。
また、彼が、美智子さんと別れ、熊谷美由紀に惚れた理由に「18歳なのに哲学を完璧に理解している」と熊谷美由紀を賞賛しているように、彼には知的なものへの強い憧れがあった。美智子さん自身も大学の英文科だったので、彼はそこに引かれたのかもしれない。
六月劇場も、レベルはともかく早稲田、東大等の学生劇団の出身だったので、松田優作の知的憧れを満たすには十分な劇団だったのだろう。
そうした彼の知的憧れは、言うまでもなく彼の出自、在日の貧困家庭に育ち、高校中退という前歴から来たものだったに違いない。

晩年の手術を拒否し、宗教的救いと施療に頼りつつ『ブラック・レイン』等に出る迷妄が痛ましい。
新潮社。

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