『からゆきさん』

1937年に、入江プロ・PCLで作られた木村壮十二監督の作品。
言うまでもなく、近世主に九州から南方に身売りされた女性「からゆきさん」を描くもの。
熊井啓監督の『サンダカン八番娼館・望郷』の先駆的作品であり、これより上ではないか。

入江たか子のからゆきさんが、日本に息子アントンを連れて戻ってくる。
村の高台には、そうしたからゆきさんたちが住んでいる地域がある。
アントンは、シンガポポールにいたイギリス人との混血児で、明らかにハーフの顔つき。
村人は、からゆきさんたちの前では言わないが、彼女たちを侮蔑し、偏見を持っていて、学校でもアントンはいじめられる。
それを庇うのは、先生の北沢豹で、この人は本当に品が良く、今ではざらにはいない俳優である。

そして、村の公民館が火事で焼け、再建の寄付をからゆきさんたちに求めてくる、村人のご都合主義。
それには、入江の兄の丸山定夫すら乗ってくるほど。

そのとき、シンガポールからアントンの父の弟が、死んだ実父に代わって養子に貰いたいとやってくる。
「アントンだけが、心の支えだ」と引き渡すのを拒む入江だが、最後はイギリスできちんとした教育を受けた方が本人のためだとアントンを手放す。

ここからは二つのことが読めると思う。
一つは、家の貧困から娘をからゆきさんに売ると言うのは、当時の昭和初期の恐慌での東北等での娘の身売りのことである。
もう一つ、子供にきちんとした教育を受けさせようと言うのは、監督の木村荘十二自身の体験から来たものだと思う。
よく知られているように、木村荘十二は、明治時代に東京で大繁盛した牛鍋屋「いろは」の息子だった。
だが、彼自身が生まれた頃には店は凋落していて、木村荘十二は、中学校にも行けず、絵の画塾に行った後、苦労して映画界に入るまでになったそうだ。
そうした下積みの苦労が理解できると思う。
木村荘十二は、戦時中から満州に行き、戦後も中国にとどまったこと等から、戦後は劇映画は多くない。
しかし、日本映画史に残る監督の一人だと私は思う。
衛星劇場

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