原作村松友視、脚本唐十郎、監督黒木和雄、長門裕之の人間プロが作り、何故か東映セントラルフィルムで公開された。
1960年代後半、羽田闘争で機動隊に追われ、泪橋、立会川の古い家の住民殿山泰治や瀬川新蔵らに匿われた過激派の渡瀬恒彦が、10年後に百科事典のセールスマンになって町に戻ってくる。
そこには、キャバレーで傷ついた女佳村萌(愛川欣也の娘)も逃げてきて、最後は渡瀬とできる。
その他、唐らしく様々な断片が散りばめられ、東京に残る戦前の町並みでの人間の触れ合いや不思議なドラマが展開される。当時、社会問題だった「イエスの箱舟」の千石イエス(浜村純)も、刃物を研ぎながら佳村たち若い女性と放浪している姿が出て来る。
唐の芝居なら、最後に総ての断片が一つになり、一気に激情的感動になるが、映画ではそうは行かない。
感動もなく、テーマも不明という惨状に終わる。
この映画の駄目な点の半分は、佳村の演技がど下手なことにある。
これほどのど下手は、この映画の制作である後藤幸一が監督した史上最低の映画『新・雪国』の笛木優子といい勝負である。
どちらにも後藤が絡んでいるのが、興味深い。
佳村の兄で近親相姦の異常者に原田芳雄、河川の清掃船の人夫に石橋漣司、原田が何故か佳村の許婚にしたのが、状況劇場の怪優不破万作と多彩な役者も、低予算映画ながら多数出演なのは、黒木の信用と長門裕之の人脈だろう。
松村禎三の音楽が、囃子のようで面白い。
殿山と瀬川が歌舞伎好きで、すぐに芝居がかりになるのが笑わせ、鈴が森の白井権八と小紫伝説が下敷きにされている。
フィルム・センター、黒木和雄特集。
コメント
鈴ヶ森刑場跡
奥の「南無妙法蓮華経」の碑は、歌舞伎「御存 鈴ヶ森」でこの碑を舞台中央に建て、幡隋院長兵衛ばんずいいん ちょうべえが白井権八(実名平井権八)に「お若いの、待たっせえやし」と声をかける所だそうだ。実在した権八は、ここで処刑される運命を背負っていた・・・。
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