追悼されているのは谷啓で、1964年に東映京都で作られたもの。
別に1961年に、松竹でも製作されていたそうだが、それほど話題になってはいなかった。
だが、大映テレビの丸井太郎主演作で大ヒットになり、主題歌を歌っていた谷啓の主演で映画化されたもの。
これを見ると、いかに映画は適役が重要かが分かる。
と言うのも、松竹では主人公の「色は黒いし、頭も悪いし、金もない」戸田切人を杉浦直樹が、岡山の若殿様を津川雅彦が演じたそうだが、杉浦直樹の下層のブ男はミス・キャストだったろう。
事実、テレビと東映版では、戸田切人は、丸井太郎と谷啓で、若様は杉浦直樹が演じている。
なお、若様と相思相愛だが結ばれない、戸田切人が憧れ、庇護するマドンナは、テレビでは久我美子、東映では佐久間良子だが、松竹では牧紀子が演じたとのこと。
貧困で下層の男が、知恵と度胸で成功し出世すると言うのは、加東大介が主演し大ヒットした『大番』もそうで、戦後の日本の高度経済成長に相応しい物語だった。
この映画では、主人公はマドンナとは結ばれないが、下層の男が金儲けをして、上流階級の女性と結婚すると言うのは、戦後の日本の社会では、国際興行の社長だった小佐野賢治や西武鉄道の社長提康次郎などいくらでもあった。
そして、この野卑で無教養な男と、高貴なマドンナという関係の決定版『男はつらいよ』が、1970年の代初頭に現れるのは、日本が丁度高度経済成長が終わるときだったのは、まことに象徴的である。
事実、『男はつらいよ』では、主人公渥美清の車寅次郎は、出世とはほとんど無関係で、日本の下流社会を移動している。
今回上映されたのは第一部のみで、岡山から上京してきた主人公の戸田切人が、陸軍に羊羹を納入することにできて大成功するが、徴兵され出征するところまで。
第二部は、戦後社会での主人公の成功や世相の混乱が描かれたのだろう。
谷啓は、当時人気絶頂で、彼は本来知的で極めてシャイな人間で、「図々しい奴」とは全くの正反対のタイプだが、脚本の面白さもあり、よく演じている。
こういう娯楽映画は、ほとんど評価されないが、監督の瀬川昌治の手腕は大したものだと思う。
フィルムセンター
コメント
『図々しい奴』
テレビの「図々しい奴」が大ヒットしたために、東映でリメイクされたものですね。瀬川昌治は松竹と東映で「喜劇」シリーズを撮っていて、その手腕は評価できるでしょう。しかしながら、この東映版で脚本をやっている下飯坂菊馬は、私は全く評価しません。テレビのシリーズもこの人がやっていたら駄作ではずれたでしょう。新藤兼人とともに私の嫌いなライターで、両者は同じ穴の狢だと看做しています。