グラフィック・デザイナーの粟津潔氏が亡くなられた、80歳。
意外に若いな、という気がしたのは、この人は若いときから活躍していたからだろう。
独学でデザインを学び、同時に共産党の非合法活動していたらしい。
その後、日活に入り、映画のポスターを担当した。
先日、川崎市民ミュージアムで彼の展示会があり、多数の映画のポスターがあった。
だが、そのほとんどは私たちは見たことのないものであった。
なぜなら、当時の映画のポスターと言うものは、スターの写真、姿でデザインなどが入る余地はなかったからである。
では、何をデザインしていたのか。日活映画で海外輸出用のポスターを作っていたのだ。中には、羽仁進の『教室の子ども』など、記録映画もあった。
また、文学座の公演のポスターも彼の作品が多数あり、そうだったのか、と思ったものだ。
彼の映画のポスターで有名なのは、篠田正浩の『心中天網島』だろう。
そして、映画に関して彼の作品で有名なのは、映画評論家松本俊夫の評論集『映像の発見』のブック・デザインだろう。
黒地に指の指紋のデザインは、この本の内容もそうだが、とても強烈なインパクトがあった。
考えて見れば、1950年代から60年代前半の日活の躍進には、このような若い才能の活躍があったわけで、やはりすごいものだったのだろう。
ご冥福をお祈りする。